災害復旧職人派遣協会の設立意義と活動

「いざ!という時に動ける人間たれ!」との心情を胸に、4半世紀におよぶ災害復旧活動に挑んできた体験を、この10月より投稿させていただいております。
その途中ではありますが、一年の締め括りとなる年末が近づいておりますため、当協会の設立までの経緯を改めて振り返ってておきたいと思います。

災害はいつ起きても不思議ではなくなった昨今ですが、1年間に起こる災害は、地震・台風・線状降水帯による大雨・洪水・竜巻など世界中、地球規模で年ごとに強大になってきました。気象災害の発生件数はこの50年で5倍、そしてその損失は400兆円となっています。
我が国では2016年に「熊本地震」「鳥取地震」と、初めて1年間に2度の大災害が起こりました。その当時、被災地でのブルーシート掛けボランティアは日本ステンレス工業(株)1社のみで行っていましたから、弊社だけの支援対策では、いずれ限界が来ることは容易に想像できました。何より活動機会が増えるということは時間的にも資金的にも経営を圧迫します。会社運営が立ち行かなくなってしまう危機感を感じるようになったのでした。

しかしその「熊本地震」の際、当時衆議院議員の長崎幸太郎氏(現山梨県知事)、グラウンドワーク三島の都留文科大学・渡辺豊博教授といった方々と共に支援に向かったのがきっかけとなり、全国の屋根工事のプロである職人達に有志参加の呼びかけを行い、有事の際には全国から参加できる組織を築き上げる構想が動き出したのでした。

その動きは予想以上に早く、2016年12月に長崎議員と内閣府副大臣の松本洋平防災担当(当時)とも打ち合わせを行い、報告をさせていただいたのでした。
翌年、2017年1月「一般社団法人 災害復旧職人派遣協会」を設立。2月に山梨県庁で記者会見を行い、長崎議員・渡辺教授の3人でスタートを切りました。設立の翌年2018年6月に「大阪北部地震」が発生し、この時が「災害復旧職人派遣協会」として初めての出動となったのでした。

さらに、2019年6月に発生した「山形・新潟地震」の際に、全国で初となる自治体との防災協定を山梨県と結びました。この時の被災地での活動には山梨県からは職員をも派遣していただき、まさしく官民一体の活動を行ったのでした。
そうした意味で山梨県は、この画期的なシステムを全国に先駆けて初めて使用し、災害時における「職人とブルーシート掛け隊」という専門性を持ち備えた我々を活躍の場に送り出してくれた自治体と言えます。
その3ヶ月後の9月には「房総半島台風」による甚大な被害が発生しました。
またもや1年間に2度の災害が続いて起きたことになったのです。かつて抱いた心配は的中してしまいましたが、「災害復旧職人派遣協会」を思い切って立ち上げたことは正解であったと思います。
この時も、山梨県からは2度目の要請をいただき、前回に続き県職員2名が活動を共にしてくださいました。

そこで今までの災害復旧の経験から、昨年は山梨県・広島県で、本年は福岡県で防災講話をさせていただきました。
僭越ではありますが、被災地においては各市町村の首長・防災担当者の防災意識の高低・温度差がはっきり分るものです。だからこその日ごろの対応訓練の必要性を訴えさせていただいています。

協会としての活動の流れは、2020年9月に「広島県・湯埼英彦災知事と災害協定締結」、そして2021年5月「福岡県・服部誠太郎知事と災害協定締結」を達成することができました。
さらに、10月1日には「東京都・小池百合子知事と災害協定締結」を終え、10月13日には宮城県庁での打ち合わせも終え、関東・中国・九州・東北と全国組織展開へと動き始めています。

職人派遣というプロ集団のメンバーは、現在150名を数える勢いで拡大が進んでいます。
最近では震度3〜5の揺れが気にかかります。また、富士山では「低周波地震」が頻繁に起きています。
いずれにせよ、いつ訪れるか分からない有事のために、当協会は万全な体制を整えておかなければなりません。
皆様の、これからのお力添えとご協力を切にお願い申し上げます。

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